山田裕貴の父である山田和利(やまだ かずとし)は、1980年代から1990年代にかけて日本プロ野球の激戦期を支えた実力派プレイヤーです。愛知の名門・東邦高校で甲子園に出場し、強打の内野手としてスカウトの耳目を集めました。
1983年のドラフト4位で中日ドラゴンズに入団。勝負強いバッティングと内野全ポジションを高い水準で守れるユーティリティー性を武器に頭角を現します。1991年に広島東洋カープへ移籍すると、走攻守三拍子揃ったいぶし銀の活躍でチームの主戦力となり、1996年には再び古巣の中日に復帰。1997年の現役引退まで、プロ14年間で通算366安打、32本塁打という記録以上にファンの記憶に残るプレーを刻み続けました。
現役引退後も野球界からの信頼は厚く、中日と広島でコーチ経歴を重ねました。2011年からは広島東洋カープの二軍守備・走塁コーチや一軍内野守備・走塁コーチを務め、若手選手の育成に尽力。広島のリーグ3連覇を支えた基礎固めの立役者としても球界関係者から高く評価されています。2026年のシーズンをもってカープのコーチ職を退任して以降、山田和利 現在は野球解説やアマチュア指導、イベント出演などを通じて地域球界に貢献し続けています。