Q1:義経の遺体は本当に本人だったと確認されているのですか?
A1:鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』には、藤原泰衡から届けられた首級を和田義盛と梶原景時が実検したと記録されています。自害から首実検まで43日間を要しており腐敗が進んでいたことは事実ですが、義経の首級であると公式に認定され、首塚に葬られました。首のすり替えを裏付ける同時代の確証ある史料は存在しません。
Q2:北海道や東北に義経にまつわる地名や神社が多いのはなぜですか?
A2:室町時代以降、軍記物語『義経記』などを語り歩く旅の宗教者や琵琶法師によって義経の伝説が各地に広まりました。さらに江戸時代、松前藩がアイヌ民族を統制・教化する過程で、アイヌの伝承神オキクルミの英雄譚に義経伝説を結びつけて定着させたため、北海道各地に「義経神社」や「義経の腰掛け岩」などの名所が残されることになりました。
Q3:小谷部全一郎の「義経=ジンギスカン説」はなぜあれほど売れたのですか?
A3:出版された1924年当時は、日露戦争後の日本の国際的台頭と大陸進出への関心が高まっていた時期でした。日本人の英雄が世界征服者になったというストーリーが国民のナショナリズムや優越感を大いに刺激し、大衆の心を掴んだことが最大の要因です。しかし当時の帝国大学教授陣など本物の歴史学者たちからは即座に全面否定されました。