彼のキャリアは、最初から「ワカチコ」のリズムに乗っていたわけではない。もともとは1995年に相方の川島大輔とお笑いコンビ「マンブルゴッチ」を結成し、本格的なお笑い活動をスタートさせていた。当時は正統派の漫才やコントを追求していたが、2002年に惜しまれつつも解散。グループ活動に終止符を打った彼が選んだ道は、1人舞台に立つピン芸の領域だった。
大手芸能事務所であるプロダクション人力舎に所属し、ピン芸人として再出発を図ったものの、最初は暗中模索の日々が続いた。自らの個性をどう発揮すべきか悩んだ末に行き着いたのが、アイドル風の衣装を身にまとい、自虐ネタを「ワカチコ」のコールでポジティブに吹き飛ばす独特のリズムネタだった。このスタイルの確立こそが、彼の芸人人生を劇的に変える転換点となったのである。