芸能人が胃の手術から復帰した際、頬がこけ、首回りが細くなった姿を見て、SNSや掲示板では「がんが全身に転移した末期のやつれ方ではないか」という無責任な憶測が書き込まれる場面が後を絶ちません。しかし、がん専門医や消化器外科医が口を揃えて指摘するように、胃全摘後の体重10〜20%減少は生理学的に避けられない必然の適応プロセスです。
激やせが生じる決定的な理由は、主に以下の4つの生理学的変化に集約されます。
第一に、「胃の貯留機能」が物理的にゼロになることです。健康な成人の胃は通常1.5リットルほどの容積を持ち、食べたものを一時的に蓄えて胃液と混ぜ合わせ、少しずつ十二指腸や小腸へ送り出します。胃全摘術では食道と小腸(空腸)を直接つなぐ再建術(ルーワイ法など)が行われるため、食べ物は噛んで飲み込んだ瞬間にダイレクトに腸へ流れ込みます。このため、物理的に一度に大量の食事を摂ることが不可能になります。
第二に、摂食中枢を刺激するホルモン「グレリン」の分泌枯渇です。食欲を増進させるホルモンであるグレリンの約80〜90%は、胃体部の胃粘膜から分泌されています。胃全摘によってグレリンの供給源が一網打尽に消失するため、術後の患者は「お腹が空いたという感覚そのものが湧かない」という極端な食欲低下に見舞われます。食べる行為そのものが義務的になり、必要摂取カロリーを大幅に下回ってしまうのです。
第三に、脂肪やタンパク質の消化吸収効率の低下です。胃酸による殺菌やタンパク質の変性、ペプシンによる初期分解が行われないまま小腸へ食物が入るため、胆汁や膵液との混和タイミングがずれ、消化不良を起こしやすくなります。これらが重なり、体は自らの皮下脂肪や筋肉を分解してエネルギーを補おうとするため、術後3か月から半年にかけて急激な体重減少(激やせ)が訪れます。決して「がんの進行による悪液質(カヘキシア)」ではなく、消化器再建に伴う構造的変化の現れなのです。