渡瀬恒彦さんの命を奪った直接の死因は多臓器不全です。その引き金となった原発疾患は、2015年秋に判明した胆嚢がんでした。72歳という若さでの別れは、あまりにも早すぎる旅立ちとして芸能界に深い悲しみをもたらしました。
異変が起きたのは2015年夏から秋にかけてのことです。以前から体調不良を自覚していた渡瀬さんは都内の大学病院で精密検査を受け、ステージが進んだ胆嚢がんであることが判明しました。胆嚢がんは初期症状が出にくく、早期発見が極めて難しい難治性がんの一つとして知られています。診断を受けた時点で手術による完全切除は困難と判断され、抗がん剤治療および放射線治療を選択せざるを得ない厳しい状況でした。
しかし、渡瀬さんは病名を周囲に大きく公表することなく、限られた関係者と家族にのみ伝えて治療を開始しました。過酷な副作用に耐えながらも、「現場に穴をあけるわけにはいかない」という強烈な責任感を胸に、約1年半にわたる過酷な闘病生活をスタートさせたのです。