タイガー・ジェット・シンの名を日本全国へ決定的に刻み込んだのが、1973年11月に起きた伊勢丹前襲撃事件でした。東京・新宿の伊勢丹前で、妻の倍賞美津子とともに買い物をしていたアントニオ猪木を突如白昼堂々襲撃。路上で猪木を滅多打ちにする暴挙は一般紙や週刊誌でも大々的に報道され、警察沙汰の一歩手前まで発展する社会問題となりました。
この事件の真相は、新日本プロレスを立ち上げたばかりの猪木とシンが仕掛けた、世間の耳目を集めるための緻密かつ命懸けのゲリラ的プロモーションでした。予定調和を嫌う猪木のプロレス観と、観客を本気で激怒させるシンのヒール美学が合致して生まれた希代の事件劇だったのです。
この遺恨はリング上へと持ち越され、1974年6月の蔵前国技館で行われたNWF世界ヘビー級選手権試合でのアントニオ猪木 腕折り事件へと結実します。猪木の強烈なアームブリーカーによってシンの左腕がへし折られ、リング上が静まり返った光景は、新日本プロレスのストロングスタイルを象徴する伝説の一戦として語り継がれています。