日本で頂点を極めた中邑真輔が、住み慣れた新日本プロレスを去り全米へと旅立った時の衝撃は記憶に新しい。過激な打撃戦と関節技を骨格とする「キング・オブ・ストロングスタイル」の哲学を、演出重視の巨大エンターテインメント世界に持ち込むことは無謀とも思われた。
しかし、彼はそのスタイルを変えなかった。むしろ、独特のクネクネとした身体操作、独特のムービング、そして鋭い膝蹴り(キンシャサ)を組み合わせることで、唯一無二の「アート」へと昇華させた。日米の文化が激しく衝突する中で生まれた摩擦こそが、彼の圧倒的な存在感を形作ったのだ。