ATCの今日に至る歩みは、決して平坦なものではありませんでした。1990年代初頭のバブル景気期に「国際交易の拠点」として大阪市主導の第三セクターによって開発され、1994年に華々しく開業したものの、その後の景気低迷によりテナントの撤退や多額の負債に直面。一時は都市開発の課題としてメディアで大きく取り上げられた経緯があります。
しかし、官民一体となった抜本的な経営再建計画のもと、施設用途の見直しを断行。隣接する「大阪府咲洲庁舎(旧WTC)」との行政連携、環境・ロボット・健康産業の実証実験フィールドの誘致、さらにはファミリー向けアミューズメントやイベントの積極誘致によって、見事なV字回復を果たしました。
現在、コスモスクエアや夢洲を含む大阪南港エリア一帯は、次世代型スマートシティや国際観光・MICE拠点としての再整備が加速度的に進行しています。歴史の荒波を乗り越えて独自のポジションを築き上げたATCは、今後も大阪ウォーターフロントの牽引役としてさらなる発展が期待されています。