1987年に紅白歌合戦からの勇退を宣言した島倉千代子でしたが、翌1988年、運命の楽曲と出会います。中山大三郎作詞、浜口庫之助作曲による『人生いろいろ』です。それまでの哀愁路線から一転、アップテンポで人生の明暗を軽やかに歌い飛ばすスタイルは、バラエティ番組でのモノマネを契機に若者層へ大拡散。130万枚を超えるメガヒットとなり、彼女は見事に時代の主役に返り咲きました。「死んでしまおうかと思ったこともあった」と語る彼女が、満面の笑みで「人生いろいろ、男もいろいろ」と歌う姿は、日本中の人々に生きる勇気を与えたのです。
しかし、晩年は過酷な病魔との闘いの日々でした。死因となった病気は「肝臓がん」でした。2010年に肝臓がんが判明して以降、入退院を繰り返しながらも決してステージを降りることはありませんでした。
そして2013年11月5日、亡くなるわずか3日前、彼女は奇跡の行動に出ます。南こうせつプロデュースによる遺作『からたちの小径』のレコーディングを、自宅のリビングに機材を持ち込んで決行したのです。激痛と衰弱で立っていることすら困難な状態でありながら、マイクの前に座った島倉は、驚くほど澄んだ歌声を吹き込みました。そのわずか3日後の2013年11月8日、75歳で息を引き取ります。最後の最後まで歌の神様にすべてを捧げた、まさに伝説の幕引きでした。