概念をより深く把握するために欠かせないのが、対概念との照らし合わせです。絶対の対義語は「相対(そうたい)」であり、絶対と相対の違いを理解することは、科学史や西洋哲学の変遷を辿ることに他なりません。
科学の歴史において、この対立が最も鮮明に現れたのが宇宙の捉え方です。アイザック・ニュートンが提唱した古典力学では、宇宙のどこであっても一様に流れる絶対時間と絶対空間という不動の舞台が存在すると仮定されていました。宇宙全体を支配する絶対的な定規と時計があるという考え方です。しかし、20世紀初頭にアルベルト・アインシュタインが提唱した「相対性理論」によってこの常識は覆されました。時間も空間も観測者の運動状態や重力によって伸び縮みする「相対的なもの」であることが証明され、物理学における絶対の領域は大きく書き換えられたのです。
物理現象における数少ない絶対的な極限値として現代科学に残るのが、絶対零度とは何かという問いに対する答えです。熱力学において温度とは物質を構成する原子・分子の熱運動の激しさを表します。理論上、すべての熱運動が完全に停止する最低限界温度が存在し、それが摂氏マイナス273.15度(0ケルビン)と定義されています。これより低い温度は物理法則上存在し得ないため、他との比較ではない絶対的な基準として君臨しています。
一方、哲学における絶対を極限まで論理化したのが19世紀ドイツ観念論の哲学者、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルです。ヘーゲルは、世界と歴史は「ヘーゲル絶対精神」が自己を展開していく壮大なプロセスであると説きました。主観(人間の意識)と客観(自然や社会環境)が矛盾・対立を繰り返し、弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)を通じて高次の統合へと進む中で、最終的に自らを完全に理解した究極の精神のあり方を「絶対」と位置づけたのです。