シブがき隊は1988年11月2日、国立代々木競技場第一体育館で開催されたファイナルコンサートをもって、約7年間の活動に終止符を打ちました。彼らはこの幕引きを「解散」ではなく「解隊(かいたい)」と表現しました。
当時、トップアイドルグループが絶頂期を過ぎてから活動を終了するケースは珍しくありませんでしたが、シブがき隊の解隊劇は非常に計画的かつ前向きな決断でした。その根底にあったのは、20代前半を迎えた3人が直面した「アイドルとしての賞味期限」と「個人の表現者としてのアイデンティティ」をめぐる葛藤です。
後年のインタビューや手記において、メンバーは当時の心境を赤裸々に振り返っています。10代の頃は与えられた楽曲や奇抜な衣装、決められた振付を無我夢中でこなしていたものの、20歳を過ぎるにつれて「このまま大人になっても同じ歌を歌い続けることはできない」「自分たち自身の足で立つ表現者になりたい」という強烈な自覚が芽生えていきました。
特に本木は当時から映画鑑賞や写真表現に傾倒し、本格的な役者の道を志向していました。一方の薬丸は自らのトーク力と仕切り能力を活かせる情報番組や司会の世界を見据え、布川はより自由で大衆的なタレント活動を望んでいました。3人が目指すベクトルが明確に分岐した瞬間、グループという枠組みを維持することは互いの成長を阻害する足かせになりかねなかったのです。
「3人の友情を守り、それぞれの夢に向かって前進するための解隊」――当時の記者会見で語られた言葉は、単なる体裁ではなく、昭和芸能界の過酷なシステムの中で3人が生き残りをかけて下した極めて合理的な生存戦略でした。