この物語を語る上で欠かせないのが、背番号1を背負う主将の存在だ。昨年の秋季大会直前、右肘の靭帯損傷という絶望的な診断を受けた。一時は投手生命すら危ぶまれ、マウンドを降りることも覚悟したという。
「自分がチームを甲子園に連れて行く」。その強い信念のもと、過酷なリハビリに耐え抜いた。投げられない期間もチームのスコアラーとして仲間を支え、配球の勉強に没頭。2026年春に復帰を果たすと、キレを増したスライダーと145キロのストレートを武器に、秋田大会全6試合をほぼ一人で投げ抜いた。彼の投げ放つ一球一球には、執念と仲間への感謝が込められていた。