駕籠休みを語る上で欠かせないのが、実際に駕籠を担いで東海道や中山道を疾走した「駕籠かき(かごかき)」たちの存在です。彼らは過酷な肉体労働に従事するプロフェッショナル集団であり、江戸の街道風俗を象徴する独自のカルチャーを持っていました。
ふんどし一丁に半纏を羽織り、見事な刺青を背負った彼らは、独特のリズムと威勢の良い掛け声で街道を駆け抜けました。特に峠越えを専門とする「雲助(くもすけ)」と呼ばれる人足たちは、並外れた強靭な足腰を誇り、急峻な山道を驚くべきスピードで踏破したと記録されています。
駕籠休みは、極限まで酷使された彼らが煙管(キセル)で一服し、手拭いで汗を拭い、わらじを締め直す貴重なオアシスでした。担ぎ手同士の情報交換の場でもあり、前方の峠の天候や道中の治安、街道筋のゴシップなどが飛び交う、人間味あふれる社交場でもあったのです。