かつて局アナとして黄金期を支えた日本テレビ時代、彼はまさに大黒柱だった。『ぐるぐるナインティナイン』の進行や『24時間テレビ』の総合司会など、局の運命を背負う特番には常にその姿があった。
超多忙を極める裏で、葛藤もあったという。当時の制作スタッフはこう振り返る。「深夜までの収録から早朝の生放送まで、眠る暇もないスケジュールをこなしていました。それでも現場では愚痴ひとつこぼさず、周囲を気遣っていた。ただ、自分自身の表現者としての可能性をさらに広げたいという思いが、徐々に膨らんでいったようです」。
安定した局アナの立場を捨てて飛び出した決断。そこには、自身の足で立ち、より多様なメディアで挑みたいという確固たる信念が存在していた。