のと鉄道の歩みは、日本の地方過疎化と鉄路の存続を巡る苦闘の歴史そのものです。かつての国鉄能登線・七尾線を引き継いで発足した同社は、最盛期には穴水駅から輪島駅を結ぶ路線(旧七尾線の一部)や、珠洲・蛸島へと至る能登線(約61km)を運行していました。しかし、モータリゼーションの進展と少子高齢化、沿線人口の流出に伴い利用者が激減。2001年に穴水〜輪島間、2005年に能登線が相次いで廃止され、現在の七尾駅〜穴水駅(33.1km)のみが残る形となりました。
交通経済学において、鉄軌道事業は莫大な固定費(施設維持・保線費用)を要する特性を持ちます。利用者が一定水準を下回れば、運賃収入だけで事業を成り立たせることは原理的に不可能です。のと鉄道では、JR西日本が線路施設を保有・管理し、のと鉄道が運行を担う形態や、自治体等からの財政支援を受ける枠組みが取られていますが、それでも営業収支は構造的な赤字傾向が続いています。
そこに追い打ちをかけたのが2026年の能登半島地震でした。しかし、なぜ廃線の危機を跳ね除けて全線復旧が選択されたのか。ここには現代社会における「社会的共通資本(Social Common Capital)」としての鉄道の重要性が横たわっています。
地域社会学の視点から分析すると、鉄道の価値は単なる「採算性」や「移動の道具」にとどまりません。通学路としての鉄道が存在することは、若年層の地元定着や高校教育の選択肢を確保する生命線です。さらに被災地においては、定時運行される列車の汽笛や車窓の明かりそのものが「地域が生きている」という安心感をもたらす強力な心理的アンカー(支え)として機能しました。インフラ維持コストを行政と社会全体でどう分担し、観光という外部経済効果によってどう支えていくか、のと鉄道の挑戦は日本全国のローカル線存続問題に対する試金石となっています。