インターネット上の掲示板やSNS、知恵袋などで交わされているファンの生の声を取材・分析すると、批判派と肯定派の双方が主張する根拠にはそれぞれ明確なロジックが存在します。
批判的な立場をとるユーザーの声を検証すると、その多くはBLACKPINKの初期コンセプトからの変質に対する戸惑いです。デビュー当時の「媚びないかっこよさ」「スタイリッシュな憧れの対象」という絶妙なバランスが崩れ、直接的で扇情的な露出へと傾斜してしまったことに対する寂しさが滲み出ています。「過激な露出をしなくても十分に実力とカリスマ性があるのに、なぜわざわざ下品に見える演出を選ぶのか」という嘆きは、古くからの熱心な支持層ほど根強く見られます。
一方で、肯定派や海外ファンの視点は全く異なります。彼女たちにとってメンバーの露出や過激なパフォーマンスは「自らの肉体を誇り、社会的なタブーに縛られない自由の象徴」です。リアーナやメーガン・ザ・スタリオン、デュア・リパといった欧米の世界的アーティストと同等に、自己決定権を持った自立した大人の女性として振る舞っているに過ぎないという主張です。ステージ上で見せる堂々とした眼差しや一切の妥協を排したパフォーマンスクオリティが、現場の観客を熱狂させている事実も見逃せません。