高住神社の創建は、社伝によると継体天皇26年(西暦532年)に遡ります。豊前国・豊後国(現在の福岡県東部から大分県)を統治する国土開発の祖神「豊日別命(とよひわけのみこと)」を祀ったことが始まりと記録されています。
のちに英彦山が山伏たちの修行地として隆盛を極める過程で、仏教(特に天台密教)や神道、山岳信仰が融合した「英彦山修験道」の重要拠点として再編されました。社殿の背後にそびえ立つ巨岩は「鷹巣岩(たかすいわ)」と呼ばれ、古代から続く自然崇拝(磐座・岩窟信仰)の原型を今なお生々しく留めています。
現地を訪れると、拝殿の奥壁が存在せず、剥き出しの岩肌そのものがご神体空間と接続している光景に圧倒されます。人工的な建造物と太古の自然岩が一体化した建築構造は、全国的に見ても極めて貴重な文化遺産であり、神社という枠組みを超えた「山そのものを神とする」修験の精神性を如実に物語っています。