1945年8月、満洲国の崩壊とともに溥儀の運命は暗転した。ソ連軍の捕虜となり、ハバロフスクの収容所へと送られた彼は、常に処刑の恐怖に怯えていたとされる。だが、新たに開示されたソ連側の監視記録は、まったく異なる表情を伝えている。
彼は単に怯えていたわけではない。ソ連の指導者スターリン宛てに何度も手紙を書き、ソ連への永住や共産党への入党すら希望していた。そこにあったのは、なりふり構わぬ「生」への執着だ。歴史家は語る。「彼は自らが戦犯として中国に引き渡されれば、即座に処刑されると確信していた。生き延びるためなら、かつての皇帝のプライドなど喜んで投げ捨てたのだ」と。この冷徹なまでの現実主義こそが、彼の本質かもしれない。