多くの鑑賞者が息をのむ「悪魔の子を受け入れたローズマリーの微笑」には、重層的な心理学的・社会学的意味が込められています。単に洗脳されたわけではなく、彼女の生い立ちと当時の女性を取り巻く環境が深く関わっています。
第一に、ローズマリーがカトリックの厳格な家庭で育ったという設定です。劇中でも示唆されるように、彼女にとって「我が子への愛」と「母としての務め」は何よりも神聖な絶対善でした。どれほど醜悪な姿をした悪魔の落とし子であっても、自分が十月十日胎内で育んだ命を前にしたとき、彼女の母性は善悪の彼岸を超越してしまいました。信者たちにとって彼女が必要だった理由は、単なる代理母としてではなく、神聖な母性によって悪魔の子を無事に育て上げる養育者としての適格性にあったといえます。
第二に、ロマン・ポランスキー監督が計算し尽くした「ガスライティング(精神的追いつめ)」の構造です。最も信頼していた夫、主治医、隣人など、周囲のコミュニティ全員が結託して彼女を「妊娠による情緒不安定な被害妄想狂」として扱い、精神的バウンダリーを完全に破壊しました。外界からの逃げ場を完全に断たれた極限状態において、人間が生き延びるために加害者側の論理に適応してしまう「ストックホルム症候群」にも似た心理力学が働いたと分析できます。