終戦からわずか4年後の昭和24年(1949年)11月、日本の郵政事業を司っていた逓信省(のちの郵政省)の手によって、ある特別な記念切手が生み出された。それが「切手趣味週間」のキャンペーンの一環として発行された8円切手である。図案の元となったのは、江戸時代後期の浮世絵師・歌川広重が天保初期に描いたとされる名作短冊画だった。
戦前の切手といえば、国家の威信や天皇の肖像、軍事的なシンボルを重厚に刷り込んだものが大半を占めていた。しかし、灰燼に帰した国土で人々が求めたのは、心を潤す純粋な文化と芸術の輝きだったのだ。逓信省の技師たちは、広重の繊細な筆致を再現するため、当時の印刷技術の粋を集めたグラビア印刷を採用。夜空の深い藍色と月の白抜き、そして雁のダイナミックな構図が見事に再現された。発売日、全国の主要郵便局には夜明け前から長蛇の列ができ、用意された200万枚は瞬く間に市場から姿を消した。