膵頭十二指腸切除術が「大手術」と呼ばれる背景には、膵臓という臓器が持つ解剖学的特殊性があります。膵臓の頭部は、胃、十二指腸、胆管、胆のう、そして肝臓へ血液を送る門脈や上腸間膜動脈・静脈といった重要血管に囲まれており、これらをミリ単位で見極めながら剥離・切除しなければなりません。
一般的な手術時間は6〜8時間程度を要します。腫瘍が周囲の血管を巻き込んでいる場合の血管合併切除・再建や、徹底的なリンパ節郭清を伴う高難度症例では、10時間を超えるケースも珍しくありません。切除だけでも膨大な作業ですが、その後に待ち構える「3つの吻合(膵管と空腸、胆管と空腸、胃または十二指腸と空腸)」という極めて緻密な再建プロセスが、手術時間の長さに直結しています。
かつて昭和から平成初期にかけては、術死率が10〜20%に達することもあり「危険極まりない術式」と恐れられていました。しかし、日本肝胆膵外科学会などの集計データによると、年間手術件数が豊富な修練施設(ハイボリュームセンター)における手術難易度と死亡率の現状は劇的な改善を見せており、術後30日以内の院内死亡率は1〜2%未満にまで抑えられています。ただし、依然として全身への侵襲は極めて大きく、高齢者や心血管系・呼吸器系に持病を抱える患者にとっては、術前の全身状態の厳格な見極めが前提となります。
根治を目指す疾患の代表である膵頭部癌の手術成功率と予後に目を向けると、肉眼的に腫瘍を完全に切除できた場合でも、微小転移のリスクを抑えるための術前・術後化学療法(ゲムシタビン+カペシタビン療法やS-1内服など)を組み合わせた集学的治療が標準となっています。切除可能膵癌における術後5年生存率は、近年の補助化学療法の進歩により30〜40%台まで押し上げられており、「切除できる段階で見つかったこと」そのものが、長期生存に向けた決定的な足がかりとなります。