箕面市が単なるベッドタウンを超えて「憧れのブランドエリア」として認知されている背景には、大正期から続く都市開発の歴史と、徹底した景観保全政策が存在します。
阪急電鉄の創業者である小林一三は、明治末期から大正時代にかけて箕面有馬電気軌道を敷設し、沿線の箕面や桜井、百楽荘エリアにおいて「郊外に庭付きの一戸建てを持ち、都心へ電車で通勤する」という日本初の田園郊外型ライフスタイルを提唱しました。この先見的なまちづくりによって、関西の名士や実業家、文化人が邸宅を構える高級住宅地としての基礎が築かれたのです。
現在も百楽荘、桜井、箕面(1〜8丁目)、新稲などの山手エリアには、敷地面積が100坪を超える豪邸が整然と立ち並びます。これを支えているのが、市が条例で定める厳格な敷地後退規制や「第一種低層住居専用地域」「風致地区」の指定です。狭小住宅の乱立(いわゆるミニ開発)を防止し、豊かな緑と景観を守り続ける都市政策が、街のステータスと不動産価値を100年以上にわたり保全しています。