きらびやかな成功の影には、壮絶な下積みと一座存続をかけた背水の陣がありました。大衆演劇「梅沢劇団」は、父・梅沢清氏と母・竹沢龍千代氏が創設した名門でしたが、時代の移り変わりとともに映画やテレビの普及に押され、莫大な借金を抱える苦境に陥っていました。
劇団の座長を務めていた兄・梅沢武生氏と副座長として舞台を支えた富美男氏の兄弟は、劇団員とその家族の生活を守るため、全国の劇場やヘルスセンターを巡る過酷なドサ回りを続けていました。転機となったのは、テレビ東京系のドラマ出演をきっかけにメディア関係者の目に留まり、1982年にリリースされたシングル『夢芝居』でした。
作詞・作曲を手がけたのはシンガーソングライターの小椋佳氏。演歌とも歌謡曲とも異なる哀愁漂うメロディと、梅沢氏の艶のある歌声が見事に融合した同曲は、有線放送から火がつき、累計売上50万枚を超える大ヒットを記録しました。
1983年には『第34回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし、妖艶な女形の舞と歌唱を全国のお茶の間に披露。大衆演劇の役者が全国ネットのゴールデンタイムで主役を張るという、芸能史に残る快挙を成し遂げました。