Q1:源実朝を暗殺した公暁は、事件の後どうなったのですか?
A1:公暁は実朝を殺害した当夜、三浦義村に助けを求めましたが、義村の通報を受けた北条義時が派遣した武士(長尾定景ら)によって八幡宮の裏山で討ち取られました。享年20でした。
Q2:実朝が殺されたことで、鎌倉幕府はどうなりましたか?
A2:源氏の正統な後継者が途絶えたため、幕府は京都の摂関家から幼い藤原頼経を「摂家将軍」として迎えました。実権は執権の北条氏が完全に掌握し、北条得宗家による専制政治が確立する契機となりました。
Q3:なぜ北条義時は暗殺現場にいなかったのですか?
A3:『吾妻鏡』では「心神が無性に乱れて体調を崩し、源仲章に太刀を預けて自邸に戻った」とされています。一方、『愚管抄』では「実朝の命により本堂の外にとどまっていた」と記されており、真相については現在も義時黒幕説や偶然説を含め議論が続いています。