織田信長の妹・お犬の方の波乱の生涯|お市に並ぶ美貌と数奇な運命

織田信長の妹・お犬の方の波乱の生涯|お市に並ぶ美貌と数奇な運命

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お犬の方の人生を暗転させた最初の悲劇は、天正2年(1574年)に勃発した伊勢長島一向一揆攻めでした。織田軍の主力水軍として前線に出陣した夫・佐治信方は、一向宗門徒の激しい反撃に遭い、22歳の若さで壮絶な戦死を遂げます。当時まだ若年であったお犬の方は、幼い長男・佐治一成らを抱えながら未亡人となる過酷な現実を突きつけられました。

夫の死後、織田家に戻ったお犬の方に、兄・信長から命じられたのが室町幕府の名門・管領細川京兆家の当主である細川昭元との再婚でした。なぜ信長は、一度夫を失った妹を名門・細川氏へ送り込んだのでしょうか。そこには信長が描く極めて冷徹かつ高度な国家戦略が存在していました。

当時、信長は将軍・足利義昭を追放したものの、旧来の権威を持つ室町幕府の守護・名門層を完全に無視することはできませんでした。細川昭元は名門中の名門であり、京都の統治と公家・朝廷対策において極めて高いステータスを持つ人物です。信長は自らの実妹であるお犬の方を昭元の正室として輿入れさせることで、織田家の血統的箔付けを行うと同時に、名門細川家を織田体制の強固な枠組みの中へ完全に組み込む狙いを持っていました。お犬の方は「四方様」と呼ばれ、京都の公家社会と武家社会を結ぶ重要パイプとして重責を果たしたのです。

田中 結衣
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田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。