五百羅漢を巡る上で、多くの参拝者が抱く代表的な誤解が「五百羅漢寺と名乗る場所には、必ず500体の像が完璧に揃っている」という思い込みです。
歴史的な事実として、現存する多くの五百羅漢寺院において500体すべてが完全な状態で残っているケースは極めて稀です。例えば、目黒の五百羅漢寺は元々536体の木彫像が造立されましたが、明治維新期の廃仏毀釈、寺院の移転、関東大震災や戦災などの苦難を経て、現在残されているのは本尊を含めて305体です。
また、石仏群においても、長い年月の風雨による風化や、江戸・明治期の天災によって頭部が失われたり破損したりした像が少なくありません。一部のネット掲示板等で「首のない仏像があって不気味だ」といった噂が流れることがありますが、これはオカルト的な現象ではなく、廃仏毀釈の歴史的爪痕や自然風化による破損を今に伝える貴重な歴史の証憑です。
数が欠けていること、あるいは風化していること自体が、数百年におよぶ激動の日本史を潜り抜けてきた生きた証拠であり、その不完全さの中にこそ独特の歴史美と無常観が宿っています。