治部煮のルーツを紐解くと、江戸時代の加賀藩に行き着きます。藩の料理番であった舟木伝内が考案したという説や、キリシタン大名として知られる高山右近がもたらした南蛮料理が変化したという説など、その発祥にはロマン溢れる諸説が入り乱れています。共通しているのは、これが庶民の飢えをしのぐためのものではなく、客人をもてなすための洗練された料理として発展したという点です。
かつては野山で獲れた野生の鴨が使われていましたが、時代とともに手に入りやすい鶏肉も使われるようになりました。漆塗りの器に美しく盛り付けられたその姿は、厳しい冬を乗り越える金沢の人々にとって、心も体も温める最高のご馳走だったのです。