児童文学作家・安房直子は、その生涯を通じて「人間がふとした拍子に異界と触れ合ってしまう瞬間」を澄明な文体で描き続けました。彼女の作品の根底には、美しさと恐ろしさが表裏一体となった自然観が常に流れています。
『初雪のふる日』を通じて作者が伝えようとした核心は、「人間は自然の猛威に対してあまりに無力であるが、記憶のなかの温もりと生命への執着によって生還することができる」という強い信頼です。
少女を救ったよもぎは、誰かが少女のために摘み、あるいは少女自身が春の野原で春の光とともに手に入れた思い出の欠片でした。孤独な寒空のなかで人間を死の誘惑から繋ぎ止めるのは、かつて触れた人の手の温もりであり、季節がめぐることへの確信です。冬の底にあっても必ず春の芽吹きはポケットの中にある――この静かで力強い祈りこそが、時代が移り変わっても色褪せない本作の真のメッセージなのです。