麻生太郎氏自身も、若き日は実業家として手腕を振るった。実家の事業である麻生セメント事業に携わり、社長として会社の近代化とグローバル化を推進。仏セメント大手ラファージュとの業務提携などを成し遂げ、経営者としての実績を確実に積み上げた。
1979年に政界へ転身した後は、自前の潤沢な経済基盤を背景に政治活動を展開。派閥の維持や後進の育成に膨大な資金が必要とされる永田町において、外部の政治献金だけに頼らない独立した資金力は強力な武器となった。この揺るぎない基盤があったからこそ、党内での地位を駆け上がり、2008年の麻生内閣発足へとつながったのである。