ミス・ユニバースの歴史上、日本人が頂点に立ったのはわずか2回。その2つの戴冠劇には、時代を象徴する明確な勝因とドラマが存在します。
1959年に児島明子世界一受賞という金字塔を打ち立てた背景には、欧米コンプレックスを払拭する圧倒的なプロポーションと気品がありました。当時22歳だった児島明子は、身長168cmという当時としては際立った長身と落ち着いた立ち振る舞いで審査員を魅了。「東洋の真珠」と称賛され、戦後復興期の日本に計り知れない自信をもたらしました。
そして児島明子の戴冠から実に48年後、2007年メキシコ大会で世界一に輝いたのが当時20歳の森理世です。森理世の勝因は、幼少期から培ったジャズダンスの身体能力に裏打ちされた圧巻のウォーキングと、堂々とした自己主張力でした。決勝のイブニングドレス審査において、グッチの黒いドレスを翻しながら魅せたシャープかつ情熱的なキャットウォークは、今も世界中のファンから「ミス・ユニバース史上最高のウォーキング」と語り継がれています。