阿部健太の野球キャリアにおける原点は、鹿児島の名門・樟南高校時代にあります。愛媛県松山市出身の阿部氏は樟南高校へ進学後、伸びのあるストレートと鋭いスライダーを武器に1年秋から頭角を現し、春夏通算3度の甲子園出場を果たしました。
特に高校3年時の2002年夏の甲子園では、大黒柱のエースとして圧巻の投球を披露し、チームをベスト8進出へと導く快進撃を牽引。大会屈指の本格派右腕として全国にその名を轟かせました。
その実績が評価され、同年のドラフト会議において大阪近鉄バファローズから1巡目(ドラフト1位)指名を受けてプロ入りを果たします。当時の近鉄は強力打線「いてまえ打線」で知られており、将来のエース候補として背番号「16」を託された阿部氏へのファンの期待は極めて高いものでした。