宝田さんの私生活もまた、昭和の芸能界を華やかに彩る大きな話題となりました。1966年、宝田さんは1959年にアジア人として初めてミス・ユニバース世界大会で優勝を果たした児島明子さんと結婚。「世紀のビッグカップル」として日本中から祝福を浴びました。
児島さんとの間には1男2女が誕生。その長女が、1980〜90年代にシンガーソングライターとして活躍し、ヒット曲『ジプシー』などで知られる児島未散(こじま みちる)さんです。芸能界きっての美男美女ファミリーとして知られましたが、多忙によるすれ違いなどを理由に1984年に離婚。その後、宝田さんは一般女性と再婚し、晩年まで穏やかな家庭を築いていました。
離婚後も娘の児島未散さんをはじめとする子どもたちとの交流は温かく続いており、未散さんは父の急逝に際しても、表現者として偉大だった父親への深い敬意と感謝の想いを語っています。