ロックバンド・エレファントカシマシにとって、1990年代中盤はまさに激動の時代でした。1988年のメジャーデビュー以降、妥協を許さない純文学的かつ先鋭的なロックを鳴らし続けていた彼らですが、商業的な成果が伴わず、1994年に所属レーベル(エピックソニー)から契約を打ち切られるという屈辱的な挫折を味わいます。
音楽関係者や当時の特番インタビューで宮本浩次自身が振り返っている通り、当時は「何をやってもうまくいかない焦燥感」と「自分たちの音楽は必ず届くはずだという確信」が激しくせめぎ合っていました。1996年にポニーキャニオンへと移籍し、名曲『悲しみの果て/四月の風』で劇的な復活を遂げたバンドに、さらなる大きな転機が訪れます。それが1997年夏クールのフジテレビ系ドラマ『月の輝く夜だから』(江角マキコ、岸谷五朗主演)の主題歌オファーでした。
当時の制作プロデューサーから「ドラマの核となる、誰もが口ずさめる力強いバラードを」と依頼された宮本は、世田谷や下北沢の街を歩き回りながらメロディの構想を練り上げました。「売れる曲を本気で作る」という覚悟を決めた宮本は、それまでのアングラ志向を脱ぎ捨て、自身の持てるポップセンスと情感のすべてを注ぎ込みます。こうして1997年7月1日にリリースされた『今宵の月のように』は、オリコン週間チャート最高8位を記録し、エレカシ史上初となるメガヒット(累計売上約80万枚)を記録することとなりました。