事件の波紋は、法廷の中だけにとどまりませんでした。極めて強固な地縁・血縁で結ばれていた葛尾地区において、奥西家とその親族は「殺人犯の家」として苛烈な村八分と糾弾にさらされることになります。
奥西勝の実兄である奥西楢雄をはじめとする家族・親族は、事件直後から地域社会での生活基盤を奪われ、長年にわたり沈黙と孤立を強いられました。家や土地を手放さざるを得ず、故郷を追われるようにして散り散りになった家族の苦難は、戦後日本における冤罪被害のもう一つの過酷な現実を物語っています。
奥西勝が無罪を訴え続ける一方で、遺された家族たちもまた、世間からの厳しいバッシングと偏見の十字架を背負い続けました。勝の母は息子の無実を信じながら世を去り、獄中の勝を支え続けた妹の岡美代子さんもまた、兄の雪冤を果たすために自らの人生を捧げることとなったのです。