ふたりの接点が生まれたのは、東日本大震災の復興支援活動や共通の知人を介した文化人同士の集まりが発端でした。当時、世界的なファッションモデルとしてパリやニューヨークのランウェイを席巻していた冨永愛ですが、その華々しいキャリアの裏側では心身ともに限界を迎えていました。17歳での単身渡米、過酷な体型維持、そしてシングルマザーとして最愛の長男を育て上げる重圧により、表現者としてのアイデンティティに強い迷いを抱えていた時期だったのです。
一方、常に命がけで歌と言葉を紡いできた長渕剛は、冨永が内に秘める激しいエネルギーと、同時に抱える深い孤独と脆さを瞬時に見抜きました。「本物の表現者になりたい」と渇望する冨永に対し、長渕は芸能界の先輩として、そして人生のメンターとして真正面から向き合うことを決意。これが、異色とも言えるふたりの強固な関係性のスタートラインとなりました。