桐生祥秀のキャリアを語る上で避けて通れないのが、2026年秋に発表された「無期限の一時休養」です。日本選手権での予選敗退などを経て下された決断の裏には、国の指定難病である「潰瘍性大腸炎」との熾烈な闘病がありました。
当時の報道や本人の手記によると、数年前から原因不明の激しい腹痛や下痢、発熱、体重の急激な減少に悩まされていたといいます。トップアスリートにとって生命線である食事の摂取が困難になり、十分なエネルギーを身体に蓄えられないまま過酷なトレーニングを行わなければならない極限状態が続いていました。
それに加え、東洋大学時代から背負い続けてきた「日本人初の9秒台」という巨大なプレッシャー、オリンピックでのメダル獲得に対する周囲からの過度な期待が重なり、メンタル面でも「走ることへの純粋な喜び」を見失いかけていたと明かされています。休養は決して逃避ではなく、病気と向き合って薬物療法と生活習慣を見直し、競技者としての未来を切り拓くための「戦略的再起動」だったのです。