東久邇宮稔彦王とは?歴代最短54日内閣の退陣理由と102年の生涯

東久邇宮稔彦王とは?歴代最短54日内閣の退陣理由と102年の生涯

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東久邇宮稔彦王は1887年(明治20年)、久邇宮朝彦親王の第9子として京都に生まれた。1906年に「東久邇宮」の宮家を創設し、明治天皇の第9皇女である聡子内親王と結婚。陸軍士官学校・陸軍大学校を経て軍人の道を歩み、最終階級は陸軍大将にまで登りつめた。

特筆すべきは、皇族でありながら極めてリベラルで型破りな性格を備えていた点である。第一次世界大戦後の1920年からフランスへ長期留学を果たした際には、自由主義的な思想や西洋画、モータースポーツに親しみ、帰国命令を拒んで滞在を延長しようとした逸話も残る。陸軍内では軍事参議官や航空総監などを歴任し、軍部強硬派の暴走に対しては一貫して批判的な立場を取り続けた。

鈴木 陽菜
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鈴木 陽菜

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