『セブン』を映画史上の傑作たらしめた最大の仕掛けが、犯人「ジョン・ドゥ(名無しの権兵衛を意味する仮名)」を演じた俳優の秘匿工作です。映画が公開された当時、映画館のポスター、チラシ、予告編、さらには映画冒頭のオープニングクレジットに至るまで、ケヴィン・スペイシーの名前は意図的に完全に抹消されていました。
当時、配給会社のニュー・ライン・シネマは、前年に『ユージュアル・サスペクツ』の撮影を終え、演技派として急浮上していたスペイシーのネームバリューを大々的にプロモーションに使いたいと考えていました。スター俳優の名を出せば興行収入の初速が見込めるためです。しかし、デヴィッド・フィンチャー監督とケヴィン・スペイシー本人は、そのマーケティング戦略に激しく異を唱えました。
当時のインタビューやメイキング映像で明かされた証言によると、スペイシーは「オープニングクレジットに自分の名前があれば、観客は映画を観ながら『ケヴィン・スペイシーはいつ出てくるのか?』と犯人を推測し始めてしまう。それでは物語のサスペンスが根底から損なわれる」と主張。フィンチャー監督もその見解に完全に同意し、映画の後半、血まみれの男が警察署に自首してくるあの決定的瞬間まで、観客に犯人の顔も正体も一切予感させない演出を貫くことを決断しました。
配給側を説得するため、スペイシーは「公開前の取材や宣伝プロモーション活動への参加を免除されること」を条件に、ノンクレジットでの出演を承諾したと伝えられています。その代わりとして、本編終了後のエンディングロールでは、誰よりも先頭に「JOHN DOE: KEVIN SPACEY」と堂々たるクレジットが表示される措置が取られました。観客の驚きを最優先し、ハリウッドの商業的常識を覆したこの英断は、映画史に残るサプライズ演出として今なお絶賛されています。