久留米ツツジの起源は、今から約200年前の文政年間に遡る。久留米藩の給人であった坂本元蔵(1785–1854)は、熱心な花卉愛好家であった。彼は高良山に自生するミヤマキリシマや、サツキ、キリシマツツジを集め、自宅の庭で交配を重ねた。
元蔵の交配実験は極めて精緻だった。数千株の未開花苗から、花付きが良く耐寒性に優れた個体を選抜。30年以上の歳月をかけ、小輪でありながら一斉に開花する独自の品種群を確立した。武士の内職や趣味として始まった園芸は、やがて久留米藩の重要な産業へと成長していく。
明治維新後、元蔵の遺志は赤星市太郎ら地元の生産者たちに引き継がれた。久留米の温和な気候と水はけの良い筑後川流域の土壌は、ツツジの繁殖に極めて適していた。大正時代までに、久留米は日本一のツツジ生産拠点としての地位を確固たるものとした。