恐山といえば、死者の霊を呼び寄せて語らせる「イタコ」を連想する人が少なくありません。しかし実のところ、イタコの口寄せは寺院の教義や行事ではなく、地域の民間信仰として境内の片隅で行われてきたものです。
南直哉氏は、恐山におけるイタコの存在を否定も排除もせず、絶妙な距離感で見守っています。大切な家族や友人を亡くし、どれほど言葉を尽くしても埋まらない喪失感を抱えた遺族が、死者ともう一度言葉を交わしたいと願う心情を誰が責められるでしょうか。
恐山という場所は、岩場に吹き出す火山ガスや宇曽利湖(うそりこ)の極楽浜といった特異な景観そのものが、死者と生者が交差する「舞台装置」の役割を果たしています。南氏は、参拝者が自身の悲しみと静かに向き合い、死者との関係性を自分の中で再構築して日常へ帰っていくための「場」を護り続けています。