解散の決定打となったのは、夏の音楽特番出演辞退と、その直後に訪れた各メンバーの葛藤だった。特に、グループの最年少として飯島氏を母のように慕っていた香取慎吾の精神的ショックは深く、木村との共演やグループ活動に対して強い拒絶反応を示すようになったと伝えられている。
リーダーとしてグループをまとめ続けてきた中居正広もまた、葛藤の只中にいた。グループ存続のために土壇場まで模索を重ねたものの、途切れてしまった感情の糸を修復することは不可能だと悟らざるを得なかったのだ。
解散後、香取慎吾らは飯島三智氏が立ち上げた「株式会社CULEN」へと合流し、「新しい地図」として新たな表現の場を切り開いていった。一方、中居正広は当面事務所に留まりつつも後に独立し、独自のポジションを確立。それぞれの選択は、あの騒動の時に選んだ自らの生き方を証明する挑戦でもあった。