そのルーツを辿ると、室町時代末期にポルトガル人によって持ち込まれた「ボーロ」と呼ばれる南蛮菓子に行き着く。当時は小麦粉と砂糖を主原料としたシンプルな焼き菓子であったが、江戸時代に入り、京都の老舗蕎麦処が独自の知恵を絞って劇的な進化を遂げさせた。
明治時代、総本家河道屋の十三代当主であった津田佐兵衛の手によって、現在のスタイルの礎が作られたとされる。蕎麦作りの技術と焼き菓子の技法を融合させ、梅の花を模した可憐な意匠が生み出された。格式高い京の街で生まれたこの味わいは、庶民から文人墨客に至るまで幅広く愛され、今なお京都の風情を象徴する存在として君臨している。