対馬丸事件の真相となぜ沈んだ悲劇|かん口令の理由と生存者の証言

対馬丸事件の真相となぜ沈んだ悲劇|かん口令の理由と生存者の証言

対馬丸事件の真相となぜ沈んだ悲劇|かん口令の理由と生存者の証言にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

対馬丸の沈没における最大の悲劇は、犠牲者の大半が自力での脱出が困難な幼い子どもたちであった点です。防衛庁(当時)の史料や対馬丸記念館の調査によって判明している被害実態は、戦時海難事故の中でも突出した凄惨さを示しています。

項目対馬丸の詳細・数値データ当時の戦時輸送基準・比較編集部の見解・分析乗船者総数1,788名(諸説あり)平時の定員を大幅に超過貨物船の船倉に蚕棚のような二段・三段ベッドを急造したすし詰め状態。対馬丸事件 犠牲者数1,484名(氏名判明者)
うち学童:784名乗船学童の約93%が死亡夜間攻撃かつ即時沈没であったため、船倉からの脱出経路が絶望的に不足していた。生存者数約280名
(学童生存者はわずか59名)全乗船者の生存率 約15.6%甲板付近にいた者や、奇跡的に木片・イカダにつかまり漂流した者のみが生還。護衛態勢駆逐艦「蓮」、砲艦「宇治」の2隻輸送船3隻に対し旧式艦艇2隻対潜ソナーや対潜兵装が不十分で、夜間の索敵・迎撃能力が致命的に不足していた。

船内に積載されていた救命胴衣は大人用が大半で、小さな子どもの体には大きすぎて海中で脱げてしまうケースが多発しました。また、救命ボートの投下訓練も満足に行われておらず、ハード・ソフト両面での安全対策の不備が被害を極限まで拡大させる結果となりました。

伊藤 翔太
Author

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。