ももクロが新幹線通勤で活動していた下積み時代、彼女にとって実家は唯一の「安全基地」でした。東京での激しいレッスンやプレッシャーに押しつぶされそうになっても、新幹線で浜松駅に降り立ち、実家の玄関を開ければ、そこにはいつもと変わらない「お茶の間」がありました。
仕事モードのスイッチをオフにし、普通の女の子に戻れる場所。このオンとオフの切り替えが物理的にできたからこそ、彼女は精神的なバランスを崩すことなく、過酷な芸能界を駆け抜けることができたのです。彼女にとってあの家は、単なる建物ではなく、心の港そのものなのでしょう。