台湾で愛される八田與一の真実!教科書に載る「水利の父」の功績と絆

台湾で愛される八田與一の真実!教科書に載る「水利の父」の功績と絆

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八田與一は1886年、現在の石川県金沢市に生まれました。東京帝国大学(現・東京大学)工科大学土木工学科を卒業後、24歳で台湾総督府内務局土木課に技手として着任。各地の上下水道整備や発電所建設に従事したのち、生涯を懸けた大事業に着手することになります。

当時の台湾南西部に広がる「嘉南平野」は、約15万ヘクタールもの広大な面積を持ちながら、雨季には洪水、乾季には極度の干ばつと塩害に見舞われる不毛の荒野でした。「不毛の大地に命の水を届ける」という壮大な構想を描いた八田は、山間部に巨大な貯水池を造り、平野全域に毛細血管のような用水路を張り巡らせる前代未聞の計画を立案します。

1920年に着工された烏山頭ダム(うさんとうだむ)は、当時の最先端技術である「セミ・ハイドロリック・フィル工法(半水力水詰式工法)」を採用した東洋最大のダムでした。さらに網の目のように建設された給排水路「嘉南大圳(かなんたいしゅう)」の総延長は約1万6000キロメートル(地球の約半周分に匹敵)に達します。

10年もの歳月と巨額の予算、そして延べ数百万人の労働力を投じて1930年に完成したこの水利網により、乾燥した赤土の大地は見事な水田へと生まれ変わりました。地域の農業生産高は飛躍的に跳ね上がり、嘉南平野は現在に至る台湾随一の穀倉地帯へと姿を変えたのです。

石川 優花
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石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。