サッカー日韓戦が世界的なダービーマッチに匹敵する熱狂と緊張感を生む最大の要因は、両国の歴史的経緯とナショナルプライドがピッチ上にダイレクトに投影される点にあります。
因縁の始まりは、1954年にスイスW杯アジア予選として行われた史上初の直接対決に遡ります。当時の韓国大統領・李承晩が日本チームの入国を拒否したため、予選2試合とも東京で開催される異例の事態となりました。その際、韓国代表選手たちは「負けたら玄界灘に身を投げろ」と激を飛ばされてピッチに立ち、結果として韓国が本大会出場権を掴み取りました。
その後も、1993年の「ドーハの悲劇」の裏で日本を上回りW杯出場を決めた韓国の歓喜、1997年のW杯最終予選で山口素弘のループシュートを山口の国立競技場で浴びせ返した韓国の逆転劇(「秋の国立の歓喜」)、そして2011年アジアカップ準決勝での激闘など、両国は互いの栄光と挫折の瞬間に常に立ち会ってきました。単なるスポーツの勝敗にとどまらず、「絶対に負けられない戦い」としての社会的・文化的文脈が、日韓戦を唯一無二のキラーコンテンツに仕立て上げています。