Q1:鉄砲伝来の年号「1543年」はどう覚えるのが効果的ですか?
A1:代表的な覚え方は「以後予算(1543)増える鉄砲伝来」や「以後賞賛(1543)される鉄砲伝来」です。ポルトガル船の種子島漂着と巨額の購入費用、その後の日本の軍事費拡大を結びつけて記憶すると忘れにくくなります。
Q2:種子島時堯が買った鉄砲の値段は現在でいうといくらくらい?
A2:時堯は2挺の火縄銃に対して金2,000両を支払ったとされています。当時の米価や金の価値から推計すると、現代の貨幣価値でおよそ数千万円から1億円以上に相当する額です。一地方の領主としては破格の投資判断でした。
Q3:なぜ日本刀の鍛冶屋がすぐに銃を作ることができたのですか?
A3:日本にはすでに「たたら製鉄」による良質な鋼と、刀剣造りで培われた卓越した鍛造技術が存在したためです。筒状の鉄を鍛える基礎体力があったことに加え、難所だった銃底の「ネジ切り技術」をポルトガル人鍛冶から学んだことで、短期間での完全複製に成功しました。
Q4:鉄砲伝来のルートにはポルトガル人単独ではなく倭寇が関わっていたのですか?
A4:関わっていました。漂着した船は明国のジャンク船であり、乗組員には倭寇の有力頭領であった王直が含まれていました。ポルトガル商人と東シナ海の交易ネットワークが結びついていたからこそ起きた歴史的必然でした。