これまで歴史読物や古典的な解説において、お市の方は「政略結婚に振り回された受動的な美女」として描かれがちであった。しかし、近年の古文書解析や書状の再検証により、その実像は大きく塗り替えられつつある。
最新の研究成果が示すのは、彼女が織田家内部で独自の意思決定に関与し、武家社会のネットワークを繋ぐ強力な政治的キーパーソンであったという事実だ。北ノ庄城の戦いにおいても、秀吉からの助命嘆願を退けて死を選んだのは、秀吉の傀儡となることを拒み、織田家の威信を後世に示すための計算された政治的アピールであった可能性が指摘されている。悲劇を嘆くのではなく、自らの命の使い所を冷静に見極めていた姿が浮かび上がってくる。