back numberの楽曲において、『fish』が特別な輝きを放つ最大の要因は、徹底して描かれた「女性の一人称(私)」による独白形式にあります。back numberといえば、男性の情けない未練や女々しさを赤裸々に吐露する歌詞が代名詞ですが、本作ではそのアプローチをあえて封印しています。
音楽雑誌や当時の特番インタビューにおいて、清水依与吏は「自分がかつて経験した痛烈な失恋」がベースにあることを明かしています。自身が振られた側の男性として抱えたやりきれない感情をそのまま歌うのではなく、「自分を振った女性は、あの瞬間にどんな想いを抱え、どれほどの冷徹な決断を下していたのか」という、相手側の視点に身を投じることで生まれたのがこの楽曲です。
歌詞の中核をなすフレーズの心理描写を読み解くと、その残酷なまでのリアリティが浮き彫りになります。
「さよなら じゃない もう会えないから」という一節は、形式的な別れの挨拶すら拒絶するほどの決定的な断絶を示しています。また、「私とあなたじゃなくて 私と誰か あなたと誰かに」という言葉は、かつて共有していた二人の世界が完全に瓦解し、それぞれが赤の他人として別の人生を歩む現実を冷徹に受け入れるプロセスを描いています。男性目線の希望的観測を一切排除し、女性側の冷ややかな諦念と痛切な哀しみを重ね合わせることで、リスナーの記憶の傷口に直接触れるような普遍的失恋歌が完成したのです。