ここ十数年、学校の授業では「いい国(1185)作ろう」が主流だった。頼朝が守護・地頭を設置し、実質的な支配権を握った年を重視する考え方だ。しかし、この「実質」という言葉の曖昧さが、専門家の間で議論の火種となり続けてきた。
「国家としての体裁が整ったのはいつか」という定義は、見る角度によって変わる。守護・地頭の設置はあくまで軍事的な支配権の確立に過ぎず、朝廷から正式に「征夷大将軍」の宣下を受けた1192年こそが、名実ともに幕府が誕生した瞬間であるとする声は根強い。
ここ十数年、学校の授業では「いい国(1185)作ろう」が主流だった。頼朝が守護・地頭を設置し、実質的な支配権を握った年を重視する考え方だ。しかし、この「実質」という言葉の曖昧さが、専門家の間で議論の火種となり続けてきた。
「国家としての体裁が整ったのはいつか」という定義は、見る角度によって変わる。守護・地頭の設置はあくまで軍事的な支配権の確立に過ぎず、朝廷から正式に「征夷大将軍」の宣下を受けた1192年こそが、名実ともに幕府が誕生した瞬間であるとする声は根強い。